デービッド グリーンスパン

デービッド グリーンスパン エディター August magazine

撮影された映像を1本の作品に作り上げる職業、エディター。アメリカで活躍するエディターや エディターズルームについて知りたいと思い、現在アメリカの人気TVドラマ「グレイズ・アナ トミー」を手がける、デービッド・グリーンスパンにコンタクトを取り、ハリウッドサインで有名なグリフィスパーク近くのザ・プロスペクトスタジオへと向かった。




パーキングゲートでは、厳重なセキュリティーチェックを受け、スタジオのある広い敷地をくぐり抜けると、ようやくデービッドから指定された部屋に到着。編集作業用の15m²程のスペースに彼はいた。迷わなかった? とりあえずソファに座って、ドリンクでも飲もうよと、編集作業中にも関わらず、デービッドがフレンドリーに迎え入れてくれた。「自分の映画を書いて作るという夢を捨てたわけではないし、今でも休みがあれば脚本を書いたりもしてるけど、とりあえず今の編集の仕事にはとても満足しているよ。これだけの短い期間で編集者になれたのは、 本当にラッキーだったと思うし、それに今ボスがすごく忙しいから、僕たちに編集の最終決定を任されるこ とも多いんだ。だから「グレイズ・アナトミー」で 働く編集者は他のドラマの編集者達よりも、もう少し 責任ある仕事を任されてると思う。ちょっとした監督気分を味わえて、すごくやりがいのある仕事だよ」。


そう語るデービッドは、もともと映画監督としてまず才能を発揮した人物だ。ハーバード大学を卒業後、映画を学ぶために、スティーブン・スピルバーグや ジョージ・ルーカスを輩出した映画学科のある南カリ フォルニア大学(University of SouthernCalifornia, 以下USC)の大学院に入学。USCの映画学科といえば、50人の枠に2000人の応募者が集まるという入学倍率40倍の難関である。それを勝ち抜いたデービットは、そこで基礎を学び、2000年の卒業制作で作った短編映画がカンヌ国際映画祭で金賞を受賞する。しかし、次の長編映画は、撮る機会を得るも配給先が 決まることなく終わってしまうという苦難に遭遇。その後も映画制作の依頼が来ず、ディレクター業の厳しさを経験する。そこでデービットは、経済的な安定と人脈作りのために、映画業界内で他の専門職を持つ事を模索し始めた。それがエディター業と出会うきっかけだ。


「元々、ハーバード大学在学中にTVクラブに入っていて、番組編集作業のボランティアをしていたことがあるんだ。TVクラブの皆は誰もが撮影所に行きたがっていて誰も編集には興味を持ってなかったけど、僕には編集作業の面白さが少し分かっていたんだよ ね。それに、僕のUSCの元クラスメイトの多くは編集業に携わっていたし。そんなわけで2005年くらいから編集者になる道を探し始めたんだ。そこで、USCの元クラスメイトですで に編集助手として働いている女友達に電話して、編集者としての仕事はある? と聞いたら、『ユニオン の仕事なら沢山あるの。だからまずユニオンのメンバーになったら電話してね』と言われたんだ」。編集者のユニオンに加入するためには、他の専門職と同じ ように、基本条件として、その専門の仕事で100日間働いたという証明が必要となる。そこでデービッド は、その日数を稼ぐために早速仕事の面接を受け、リアリティー・ショーの編集助手となる。


デービッド グリーンスパン エディター August magazine

「ほとんどが夜間の仕事で、夜の6時から朝の5時まで働かなきゃいけなかったからかなり大変だったよ。 アメリカの大抵のリアリティ・ショーは低予算なのに 対して、映像編集ソフトのAvid(アビッド)の使用料が高いから、プロダクションは僕ら編集者に一日中ソ フトを使い続けて欲しいんだよね。だから、3人のメインの編集者と一人のヘッド・アシスタントが昼間に仕事して、僕たちアシスタントは夜間にAvidを使うんだ。夜のシフトはとても大変だったけど、でもこれが手っ取り早く日にちを稼ぐ唯一の方法だったしね」。実はデービッド、Avidの使い方を習ったのは10年ほども前。すっかり忘れていたスキルを夜中の一人での 作業の中で復習していたというから驚く。ところで、デービットにユニオンのメンバーになる事を勧めた元クラスメイトは、USC時代からある編集者のアシスタントとして活躍し、「グレイズ・アナト ミー」のパイロット(試作品)を手がけた編集者の一人だったという。


その彼女から、突然連絡が入る。「彼女の手がけた シーズン1も好評に終わり、シーズン2の中盤に、アシスタントが目の手術をするから、1ヶ月だけ入れる 人を探してるって連絡があったんだ。僕はちょうどユニオン加入条件の100日間の雇用期間を終わらせたところだったから、早速、彼女のアシスタントとして 『グレイズ・アナトミー』で1ヶ月だけ働けることになった。僕にとって初めてのユニオンの仕事だったから、最初にスタジオの中に入った時は、本当に感動したよ」。ところが、デービッドの強運はここで終わらない。「本当は1ヶ月だけの仕事のはずが、その後、このドラマの3人の編集者のうち、1人がプロデューサーと揉めて、自分のアシスタントを連れて辞めてしまった。それで僕はそのまま雇われることになったんだ。しかも、仕事は上司、アシスタントとして僕、そしてもう1人の編集者の3人体制だったわけだけど、そのもう1人の編集者はしょっちゅう辞めたり、入れ替わったりしていたんだ。


デービッド グリーンスパン エディター August magazine

でもある日、また一人いなくなった時点で、僕は自分を編集者に昇格させて欲しいって上司に申し出たんだよ。そのときは、まだ経験が浅いからって却下されて、もっと経験のある新しい編集者が雇われたけど、 結局その人も、他の映画の仕事をするために去って行ったんだ。それでついに僕に編集者のポジションが回って来たってわけさ(笑)」。この間わずか1年半で、助手から編集者へ昇格。編集者への昇格には3~5年間かかると言われる業界だが、このドラマのライターでありプロデューサーである彼のボスは、全くそういった業界のルールにこだわる事がなかったと言う。「気に入った人がいたら昇格させるタイプだね」と笑うデービッド。なんとも軽快にエディター業界を渡ってきたようにも思えるが、最後はその成功の秘訣についてこう語ってくれた。


「僕が恵まれた環境で働けているのは、人から見て僕が一緒に働きやすい人間だってことを分かってもらえたからじゃないかな。皆に好かれるような人であるってことが一番大事なんだと思うよ」。「それから、誰でもいいから100人知ってるんじゃなくて、本当の繋がりを持った沢山の人を知っていること。それが仕事をするうえですごく大切になってくると思うんだ」


デービッド グリーンスパン / ニューヨーク生まれ。小学生の頃から忍者や黒沢映画、漫画などの日本文化に傾倒 する。ハーバード大学で経済学を専攻中、京都大学スタンフォード技術革新センターに一年間留学、映画研究会で 短編映画を作り始める。1997年、南カリフォルニア大学の大学院、映画学科に入学。卒業制作の短編映画「おは ぎ」が2001年カンヌ国際映画祭の金獅子賞を受賞。その後長編コメディ「Mall Cop (2004)」、短編SF「Yokai (2007)」を製作。現在、映像編集者として米人気TVドラマ「グレイズ・アナトミー」にて活躍中。

 取材場所 ロサンゼルス カリフォルニア
 取材 / 撮影 堀口 美紀
 編集 / 校正 高田 友美
 発行人 池上 奨
 版元 オーガスト マガジン


当頁は2009年から2011年にかけて発行されたエンタテインメント業界向けの無料情報誌「オーガストマガジン」をオンライン向けに再構成したものです。尚、記事や写真の無断転載及び無断引用は禁止いたします。



関連タグ