特殊メイクアップ・アーティスト、チェット・ザーとのインタビュー取材のため、ロサンゼルスのフリーウェイを東に向かった。11:00のアポイントという微妙な時間帯が幸いしてか、渋滞も無く30分程で到着。閑静な住宅街にあるチェットのオフィス兼自宅に迎えられた。幼い頃から一貫して「自分の好きなもの」をアーティスティックに追求してきたチェット。インタビューの中で彼は、アーティストとしてエンターテイメント業界で表現していく喜びと難しさについて語ってくれた。
アートとビジネスとの狭間で。
子どもの頃は、ホラー映画が大好きで、よく自分の顔に偽物の血痕を作ったりして遊んでたんだ。それを母のところに見せに行くと、一緒に面白がってくれた。だから子供の頃は 、おもちゃの骸骨とか偽物の血とかが床に散らばっているような状態で遊んでいたんだよね。母親も、僕の一風変わった想像力を認めてくれて、芸術性を伸ばすには良いことだと考えてたみたい(笑)。13歳の時、将来は特殊メイクアップ・アーティストとして働きたいと思って、本格的にモンスターを彫刻する方法を独自に学び始めたんだ。その3年後、兄の知人がロックビデオ関係で働いていた伝で、ミュージックビデオの現場で働きはじめたんだよ。高校卒業後はアート学校に行くことも考えたけど、最後の最後でやめてしまったんだ。特殊メイクで働けるだけの技術はあるって自分でも分かってたからね。19歳でポートフォリオを見せ始めて、すぐに特殊メイクアップ・アーティストのショップに雇われたよ 。
この仕事は僕の夢だったから、最初の数年はとても楽しかったよ。僕も若かったし、見るもの全てが新しくてね。でも業界の誰でもそうなんだけど、7 ~10 年目くらいになってくると皆不満を口に出すようになるんだ。上の人達はあまりアーティストに尊敬の念を払わない人が多いからね。僕達にちゃんとプロの仕事をさせてくれないというかね。例えば、あるエクゼクティブから「僕のハウスキーパーがキッチンテーブルに置いてあったこのデザインを見て、恐すぎるって言うんだ」なんて言われて、その一言おかげで僕が芸術性を込めて描いたものを一から描き直さなきゃいけなくなったりする(笑)。特に映画の規模が大きくなるにつれて、プロデューサーや上のビジネスに関わっている人達から色々なことを言われる傾向が強くなるんだよね。勿論、彼らが出資しているのだから、彼らに発言する権限があるのはよく分かっているんだけど、僕たちが自分の技術を最大限に発揮できない時にはストレスが溜まるよね。
僕達は本当にこの仕事が好きで、一生を費やして創造性や芸術的なスキルを高める努力をしてきたわけだから、何がベストで何が良いものであるか知っているつもりだよ。アーティストとしては、やっぱり自分の創るものは美しくあって欲しいし、良い仕事をしたいと思ってるものなんだ。どれだけお金を儲けられるかばかり気にしている人たちの要求に、自分の情熱を注ぐのはアーティストにとってすごく難しい。僕は金銭的なこととか、今週の給料をどう払うかってことは全く分からないから、それをどうやれなんて口は出さない。それと同じで、僕はアーティストとしてはそういったポジションに身を置きたくない、と思っているんだ。
ファインアートが教えてくれたこと。
今はすごく、クリエイティブで、映画が大好きで、ビジョンを持っている映画監督のもとで働きたいと思っているんだ。だから、映画や芸術が本当に好きな人達と作る機会が得られた時は、最高に楽しい。例えば、今年アメリカで劇場公開されたギルモア・デル・トロ監督の「ヘルボーイⅡ」で働いた時とかね。最初のプロダクションミーティングで 、ギルモア監督が「この映画は全くユニークで、異様で、普通ではないキャラが出てくるものにするよ」って宣言してさ(笑)。僕達は、ただ言われたものを作ることの方が多いわけだけど、ギルモアは僕のオリジナルデザインのキャラを製作させてくれたんだ。一切の干渉なしにね。ギルモアは元々特殊メイクアップ・アーティストだったから、映画が大好きで芸術家としてもすごく才能があるんだよ。彼のスケッチブックにもキャラデザインが書き溜められているし、かなりのシュルレアリズム・アーティストだよ。それが作品にも反映されていると思う。
でも一番ありがたい事は、ギルモア監督自身が、自分の作る作品が芸術的に良いものかどうか、こだわりを持っているという点だね。ハリウッドの上層部の人達の多くはそんなこと気にしないよね。盛大なオープニングをすることで、映画の売り上げを伸ばそうとして、映画そのものの質とお金を儲けが結びついていないんだと思う。そういうのもあって、最近は、自分自身が納得出来るものを創るために、ファインアートに力を入れているんだ。きっかけは映画「サルの惑星」での仕事だったんだけど、セットに入って猿の手をペイントする以外は、ただひたすらトレーラーの中で待機しているだけのことが多くてね。それで暇つぶしにスケッチブックに絵を描き始めたってわけ。描き始めたころは、展覧会を開いたりしても反応なんてなかったけれど、でもモンスターのポートレートを出したときに初めて反応があったんだ。何ていうか、モンスターなんだけど、滑稽だったり、ユーモアがあったり、優しそうだったりっていう個性があって。きっとそういう個性に何か共感できるものを感じてくれたんだと思う。
きっと皆、心の底では不安を抱えていたり、醜さや恐怖、弱さを持っていたりするんだよね。僕の絵が好きな人はきっとそういう部分で共鳴してるんじゃないかな。決して悪魔的なものが好きなわけではなくてね。たぶん、普段見ないようにしている醜いものをあえて見ようとして、自分の心の奥底にある感情と結び付けようとしてるんだと思うよ。今世界で実際に起こっている事を考えてみたら、本当にむちゃくちゃっていうか、とんでもないことが毎日起こるよね。経済の悪化、テロ、犯罪、ドラッグ。皆そういう恐ろしいことはなるべく話そうとはしないけど、もしかしたらある人にとっては、モンスターみたいな絵を見ることが必要で、安全圏内に居ながらにして“今”を感じているのかもしれないね。ホラー映画を観るのも同じような事だと思うしね。ファインアートは、まあ、第二の職業と言えるくらいに売れてはいると思うよ。4000ドル出してまで買おうとする人は そんなにいないけど(笑)、でも10年前に画家の道を追求することを決断して良かったと思ってるよ。今後の目標は、画家として自分の生活を安定させるだけのお金を稼ぎキャリアを作ること。そして、ギルモア監督の作る映画のように、自分が本当に関わる意義のある映画を手がけたいって、心から願ってる。
チェット ザー / 1967年カリフォルニア、サン・ペドロ生まれ。9歳の頃からホラー映画や特殊メイクに傾倒、13歳で独自に勉強を始め、高校時代はロックビデオの撮影で腕を磨く。卒業後すぐに映画業界で雇われ、それ以来20年以上、特殊メイクやキャラクター・デザイン/製作を担当する。これまでに携わった映画は「猿の惑星(2001)」「メン・イン・ブラック Ⅱ (2002)」「ファンタスティック・フォー(2005)」「ヘルボーイⅡ(2008) 」 など。グラミー賞を受賞した米人気ロックバンドTOOL(ツール)のミュージックビデオやライブ用のデジタルアニメ製作にも関わる。近年はモンスターのポートレート画家としても活躍し、シュールな世界を追求中。(公式ウェブサイト / http://www.chetzar.com)
取材場所 | モンロビア カリフォルニア |
取材 / 撮影 | 堀口 美紀 |
編集 / 校正 | 高田 友美 |
発行人 | 池上 奨 |
版元 | オーガスト マガジン |
当頁は2009年から2011年にかけて発行されたエンタテインメント業界向けの無料情報誌「オーガストマガジン」をオンライン向けに再構成したものです。尚、記事や写真の無断転載及び無断引用は禁止いたします。
撮影関連会社を退社後カリフォルニア州ロサンゼルスに渡米。帰国後<アメリカ製>の雑貨や自転車(Schwinn製)などの輸入販売をオンライン上で開始。2016年。イリノイ州シカゴに拠点を置く仮装用マスク及びコスチュームの製造販売を行うZagone Studios製品の販売を開始。2020年。正式にZagone Studios Japanとして日本国内における同製品の輸入販売業務を開始。趣味はモトクロスバイク / バーベキュー / ピンストライピング / サーフィン / 釣りなど…