フィリップ ガイ

オーガスト マガジン フィリップ ガイ

フリーウエイ10を降りてイースト・ロサンゼルスへと向かう橋を越える。ちょうど渡り終えたふもとの巨大なコンクリートの建物のひとつがアトミック・スタジオだ。入り口のドアを開けると、おしゃれな革張りのソファとカラフルな油絵が飾られた応接室が広がり、オーナのフィリップが機嫌よく迎えてくれた。彼の情熱と信念に基づくストーリーにぜひ耳を傾けてほしい。

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僕は18歳の頃にリムジン・サービスの会社を始めたんだけど、その頃はまだ今のようなソフトウエアやスキャナーなんてない時代だったから、名刺のデザイン一つ作るのにも、すごくお金がかかったんだよ。だから自分でグラフィック・デザインを学び始めたんだ。僕は、大学には行ってないけど、色んなことを独学で学んできたんだ。グラフィックデデザイン、DVD編集や照明の他にも、たくさんのトレーニング・スクールに通ったし、教材費にも500万円ほどは費やしたよ。ロバート・キヨサキやドナルド・トランプなどの成功者のオーディオ・テープにもね。

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10年くらい前にリムジン・サービスの会社をやめて、自分の番組をつくるためにハリウッドに引っ越したんだ。その頃から撮影や照明技術を身に付け始めていて、ハイエンドな機材も、自分のプロダクションも持っていた。いろいろ揃っていたから、借りたいと言う人が周りに増えていったんだ。自然とレンタルするようになって、そのうちそれらの機材を置くスペースが必要になった。それで、8000平方フィートの場所を借りたら、今度は撮影する場所を貸してほしいと皆が言うようになってね。だから3年前に、そのスペースを撮影スタジオとしてオープンすることにしたんだ。


最初の頃はパーティー会場としても場所を貸したりしてたんだけど、一回ものすごく怖い経験をしたことがあってね。ティーンエイジャーのパーティーに場所を貸したときに、それが実はドラッグ・パーティーでね(笑)。アルコールは持ってこないって、幹事の子が言ってたから安心してたんだけど、真夜中僕が仕事を終えてオフィスを出たら、400人くらいの子たちが床に皆静かに横に寝転がっていたんだ(笑)。誰かが僕のスタジオでドラッグで死んだとか、そんなことになったらとんでもないよね! だから幹事の子と相談して、混乱のないよう配慮しながら少しずつスタジオから帰ってもらった。結局死人も何もでなくてほっとしたけど、もちろん、それ以来パーティーに場所を貸すのはやっていないよ。


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この不況時に、なぜ今より大きなスタジオに引っ越したかというと、いくつかのラッキーなタイミングが重なったからなんだ。まず、僕が3年前に最初のスタジオをオープンさせた当時は、常連さんが何度も利用してくれたんだけど、そのうちに彼らも、その時にあった全てのセットでほとんど撮り尽くしてしまったんだね。だから、少しずつ顧客を失い始めていて、もう新しいセットを作るか、スタジオ全部を造り直すしかない状態になっていたんだ。それに、場所が狭かったから大手の会社を相手にすることができなかったことも大きい。僕は小規模のプロダクションを手伝うのは大好きだけど、でもやっぱり大手の顧客も受け入れられるようにしたかったからね。


そんなときに、不況のせいでいろんな所の賃貸料が下がり始めた。ここも、値段が半額に落ちたんだ。もうひとつラッキーだったのは、多くの大手スタジオがやっていけなくなって、カートやフォークリフトなどたくさんの機材をすごく安く手に入れることができたんだ。すると今度は、前のスタジオのリース契約が切れる時期になって、僕のビジネスがうまくいっていることを知った家主が賃貸料を上げると言い出したんだ。新しい料金は、ここよりも2~3000ドルは高かったんだよ。というわけで、ほんとに色んな偶然が重なって、この広い場所に引っ越す機会を得たってわけさ。


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今は大変な不況だけど、僕は全然心配していないよ。とても良い顧客に恵まれているからね。でも多くのスタジオ経営者は今とても苦しんでると思う。僕はそれは、彼らが「人」というものを理解せずにビジネスをしようとしているからだと思うんだ。例えば、たいていのスタジオ経営者は、約束の時間になったらお客に帰ってもらって自分もさっさと帰りたいと思っている。もしそれ以上お客が残りたいならば、超過料金を1時間$200チャージする。つまりお客に「ペナルティー(罰金)を課す」ってことだよね。でもすでにお金を出してくれている客に、さらにお金を払えっていうのは僕は絶対したくないね。


これはこのスタジオの「売り」でもあるんだけど、例えば、メイクの子が時間通りに来なくて、撮影が一日で終わらなかったとする。そんなとき、僕は残りの撮影は無料でいいと言うんだ。もちろん他のお客の予約が入ってない日に限るけどね。もし客が「撮影し忘れたものがあるから別の日に無料で撮影させてほしい」なんて言ったら、他のスタジオ経営者は鼻で笑うだろうね(笑)。でもここでは「完成させること」を保障する。


だって皆人間だから、間違えたりすることだってあるだろう? 人の間違いに罰を与えるなんてことは僕はしたくないよ。それに、皆間違いを犯した時点でもう充分罪悪感を感じてる。彼らだって、僕が余分な時間を彼らのために使っていることはよくわかっているんだ。だから皆感謝して、また利用しに来てくれる。お互いの利益になるから、顧客と良い関係ができるんだ。他の経営者が「人」を理解していないと僕が思う部分が、それなんだよね。


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もし、彼らが撮影を予算内で終わらせられなかったら、スポンサーとの信頼関係が築けない。そうなれば、彼らは次から仕事がもらえなくなったり、もしかしたらこの業界にいられなくなるかもしれない。それは、僕の顧客が減るってことなんだ。自分自身を窮地に追い込んでいるってことだよね。でも、多くのスタジオの経営者はそうは考えない。顧客もスポンサーも、取れるものは全部欲しいって考えなんだ。


皆がそれぞれ顧客を持っていて、僕自身の顧客もまた顧客を持っている。僕は、ときに自分の客の、さらに客のことまで考えないといけない。もちろんそうして撮影されたものを買う消費者のことも考えないとね。DVDはどれも20ドル前後で値段的には大差ないなら、内容のいいものを買いたいと思うだろう? 予算内でどれだけ質の高いものを作られるかが鍵なんだ。それを考えるのはプロデューサーの仕事だけど、でも消費者が買わないものを作るために、投資家もプロデューサーに仕事を任せられなくなるし、そしたら僕のところにもビジネスが来なくなる。結局は自分のところに戻ってくるってことなんだよね。だから、僕にとって、「人」の立場でものを考えることはとても大切なことなんだよ。


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映画業界ではどんな職についている人でも、ほとんどが誰かの夢を叶えるために働いている。もちろんお金のためだけに働いている人もいるよ。でもほとんどがこの仕事が大好きで、製作している映画が大きく公開されることを夢みている。お金も儲かって、スピルバーグ監督みたいになるんだってね(笑)。僕がその夢の邪魔になることをしたら、彼らはとても感情的になるよ。それはお客に「僕は君の敵だ」ってメッセージを送ることにもなりかねないからね。

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カリフォルニアのストリートの撮影使用料は、たまにとんでもなく高いときがある。だから、多くの撮影が、使用料や税金が安いカナダで行われているよ。こういう不況時に、相手の立場になって考えられなければ自分の利益が減るってことの典型的な例だよね。ユニオン(※)についても、これは僕自身の意見だけど、この不況時にストライキをやって待遇改善を求めてもかえって悪い結果を招くだけだと思うんだ。だってプロデューサーの立場になって考えたら、いつストライキが始まるかもしれないと思うと、怖くて撮影自体を始めることができなくなるよ。


僕は、労働者に保険や賃金を保障したりすることが悪いと言ってるわけじゃない。そういった契約が撮影の前に結ばれているならね。でも一度契約を結んで、それを製作の途中で変えるようなことは、プロデューサーを窮地に追い込むことになるよね。例えば、それまでプロデユーサーがぎりぎりの資金をかき集めて3億ドルで予算を組んだものが、ユニオンが介入することで、追加で3千万ドルを集めてこなくちゃいけなくなる。そんな状態じゃ、誰も怖くて番組や映画を作ろうと思わないよ。かえってアーティストや技術者の仕事を減らすことになると思うんだ。


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僕はなるべく客にお金がかからないように、とても気を配っているよ。ホワイトサークルという白い背景のみの大きなセットがあるんだけど、それを真っ白な状態に塗りなおすだけでも$250のペンキ代がかかるんだ。できる限りお客に追加料金を払わないでほしいから、口をすっぱくして「できる限り汚さないようにね」って前もって言うことにしてる。$50くらいだったら、サービスしてあげられるんだけどね。でも、僕はディスカウントするよりは、物を貸したり撮影を手伝ったり、より多くのサービスを提供することで、同じだけの利益を挙げることが大切だと思うんだ。顧客を大切にするってことは、とてもシンプルで基本的なことなんだけど、ここアメリカのビジネスでは皆自分のことだけを考えがち。でも、そういうやり方はこれからはうまくいかないだろうと思うんだ。


インターネットが導入されてから、「ソーシャル・メディア」というものが生まれてきた。アマゾンのウエブサイトを見れば、100人の人が一つの製品についてレビューを書いている。もう企業が自社の製品を「これがベストだ」と言えなくなってきているんだ。これからの消費者は、そういうウエブ・コミュニティーのユーザーの証言を頼りに商品を購入していくと思う。つまり、企業のプロパガンダや、製品についての宣伝は二の次になるってこと。これからは、カスタマー・サービスはアメリカでも大切になっていくと思うし、そういう考え方をしないビジネスは消えていくだろうね。それが不況時の明るい一面になっていくかもしれないけどね(笑)。


フィリップ・ガイ / アトミック スタジオ オーナー / メリーランド州生まれ。18歳でリムジンサービスの会社を始め、 グラフィック・デザイン、ビデオ撮影、照明なども独自に学ぶ。 10年ほど前ハリウッドに移り、ビデオグラファー、照明技師として働きながら、さまざまな機材を購入・収集。自然の流れで始まったレンタル業をきっかけに、2006年、機材を置くために借りた場所を撮影スタジオとしてオープン。数々のセットと最新のカメラサポート機材を備えるスタジオとして人気を呼ぶ。さらに規模の大きな撮影に対応するため、2008年末、15,000平方フィート(4572平方メートル)のスタジオに引っ越し、現在に至る(公式ウェブサイト / http://atomicstudios.com

ユニオン/アメリカの撮影業界では、ユニオン(組合)が大きな影響力を持っている。加入には職種に応じた基本条件のほか、加入費が必要だが、最低賃金や拘束時間などの権利が保障される。2008年1月、脚本家組合が、映画以外のネット配信やDVD売り上げのロイヤリティ向上を求め、長期ストを起こしたことは記憶に新しい。

 取材場所 ロサンゼルス カリフォルニア
 取材 / 撮影 堀口 美紀
 編集 / 校正 高田 友美
 発行人 池上 奨
 版元 オーガスト マガジン


当頁は2009年から2011年にかけて発行されたエンタテインメント業界向けの無料情報誌「オーガストマガジン」をオンライン向けに再構成したものです。尚、記事や写真の無断転載及び無断引用は禁止いたします。